
1. 背景と動機付け
1.2 機械のメンテナンス方法(予防保全・事後保全・予知保全の違い)
まず、保全という言葉の意味を明確にしておく。保全とは、機械や設備が使える状態を保ち、故障したときは元に戻すための活動全般を指す広い概念であり、これを実現するための代表的な方法として「予防保全」「事後保全」「予知保全(状態基準保全を含む)」がある。それぞれは「いつ」「何をきっかけに」手を打つかが大きく異なり、工場の安定操業やコスト、安全の観点で使い分けが重要となる。[1][2][3]
予防保全は、簡単にいえば「決まった時期に、決まった点検や交換を先回りして行う」やり方である。例えば、3か月ごとにオイルを交換する、1年ごとにベルトを取り替える、といった時間や回数を基準にした定期作業が中心になる。目的は、故障に至る前に劣化を抑え、安定稼働を維持することにある。日本産業規格の枠組みでも、予防保全は故障の未然防止を狙う計画的な保全として位置づけられ、計画保全という大きな枠組みの中核を成す。この方法の利点は、予定が立てやすく、作業手順や部品の準備も前もって整えやすいことだ。とくに品質や納期の安定が重視される現場では、一定周期での介入により突発停止の確率を下げられる点が評価される。一方の弱点は、まだ十分使える部品まで早めに交換してしまう可能性があり、過剰整備や無駄なコストにつながりやすいことだ。定期交換は劣化速度のばらつきを考慮しにくく、現実の状態より早めの介入になりがちで、工数・部品費が積み上がる懸念がある。[4][5][3][6][1]
事後保全は、故障が発生した後に修理や交換を行う「起きてから直す」やり方である。設備が止まった、異常が明確に出た、といった事象そのものが着手の合図になるため、初期投資は少なくて済み、平常時は手をかけないでよいのが長所である。しかし、突発停止に伴う生産ロス、復旧までの待ち時間、緊急手配による費用増、そして安全上のリスクが大きくなりやすい。事後対応は往々にして時間との戦いになり、原因究明から部品調達、復旧試験までを圧縮して行うため、想定外の長期化や品質の不安定さを招きやすい。結果として、短期的には安く見えても、ダウンタイムや機会損失を含む総コストは高くつくことが多い。このため、事後保全は最小限に抑え、基本は予防的なアプローチで未然防止を図るのが望ましいとされる。[7][8][9][4][1]
予知保全は、設備の状態を見ながら必要なときにポイントを絞って整備する方法で、「状態基準保全(CBM)」とも密接に関連する。ここでの鍵は「設備の状態をデータで把握する」点にある。振動、温度、電流、圧力、音、油の金属粉など、故障の兆しを示す指標をセンサーや点検で集め、異常の前段階で介入する。CBMは、状態がある基準(閾値)を超えたときに作業する反応的な運用に近く、異常が明確化したタイミングでの整備が中心になるのに対し、予知保全は過去データやモデル、場合によってはAIによる学習を使い、近い将来の異常発生確率を予測して一歩早く手を打つ志向が強いと説明されることが多い。いずれも「状態に基づいて必要なときにだけ実施する」という思想は共通であり、定期作業の無駄を抑えながら、突発停止のリスクを下げる狙いを持つ。この方法の強みは、部品の実力を使い切りやすく、交換や停止を最小限にできること、そしてダウンタイムの短縮とコスト最適化を同時に目指せる点にある。一方で、センサー、データ収集、分析基盤、そしてモデルの保守と現場運用の体制づくりなど、初期投資と技術的ハードルがあるため、重要設備から段階的に導入するのが現実的だ。[10][11][12][4][7]
これら三つの方法の違いを、きっかけとタイミングで整理すると理解しやすい。予防保全は「時間や回数」をきっかけに定期的に実施する。事後保全は「故障そのもの」がきっかけとなる。予知保全(CBMを含む)は「状態変化の兆候」をきっかけに、必要な時だけ介入する。この違いは、ダウンタイム、コスト、安全性への影響の出方を大きく左右する。例えば、定期交換中心の現場ではダウンタイムは計画内に収まりやすいが、過剰整備のリスクがある。事後対応中心では平時のコストは抑えられても、突発停止のリスクが常に残り、重大トラブル時の損失が大きくなりやすい。状態基準や予知を取り入れると、必要なとき以外は手を入れず、かつ兆候を捉えて計画停止に置き換えられるため、安定と効率の両立がしやすくなる。[13][8][11][3][4][10]
ただし、予知保全が万能というわけではない。状態監視の設計が不適切で肝心の故障モードを捉えられないと、誤検知や見逃しが発生し、結局は事後対応に戻ってしまう。データの質、センサーの取り付け位置、信号処理、しきい値設定、モデルの更新、そして現場での判断ルールまで、全体として整合性のある運用が求められる。また、CBMは判断のタイミングが難しく、過小評価すれば突発停止、過大評価すれば不要介入が増えるというトレードオフがあるため、対象設備の重要度や故障履歴に応じた設計が不可欠だ。このため、多くの現場では、重要設備には予知・状態基準を適用し、非重要設備には簡易な予防保全、消耗が早く安価な部品には定期交換、といった「併用」が合理的な落としどころになる。[11][3][12][10][1]
導入順序については、まずは現場で記録されている点検・故障履歴を整理し、重要設備と重要故障モードを特定する。次に、予防保全の周期や手順を見直し、過剰整備の箇所や突発停止の多い箇所を洗い出す。そのうえで、効果が大きい監視指標(例:回転機なら振動と温度、ポンプなら圧力と流量、電装なら電流と温度など)からセンサーを入れ、まずはCBM的に「現在の状態に応じて介入」する仕組みを作る。運用しながらデータが溜まったら、異常の手前の振る舞いを学習させ、予測モデルで早期に兆候を捉えて予知保全へ発展させる。こうした段階的な展開は、初期投資のリスクを抑えつつ効果を確かめられるので現実的である。[12][7][10]
また、用語の整理もしておく。時間で決める定期的な介入は時間基準保全(TBM)と呼ばれ、多くの予防保全はこの形を取る。状態に応じて介入するのが状態基準保全(CBM)であり、予知保全はCBMを基盤に、将来の故障発生を推定して一歩早く動くアプローチとして説明されることが多い。運用上はCBMと予知保全を事実上同義に扱う場面もあるが、一般には「現在の状態に基づく判断」と「将来の発生を予測する判断」に差がある、と整理しておくと混乱が少ない。これらはすべて「未然防止」を目的とする系譜にあり、事後保全は対照的に「発生後の回復」に主眼を置く方法である。[3][10][11][1][12]
最後に、どの方法が正しいかは一律に決まらない。設備の重要度、停止の許容度、修理の難易度、部品の単価、故障発生の分布(偶発か摩耗か)、そして現場のスキルと予算によって最適解は変わる。重要設備や停止コストの大きい工程では、状態監視と予知の仕組みを整え、計画内停止へ置き換えていく価値が高い。一方、簡易で安価な消耗品や交換が容易な部分は、定期交換で十分な場合もある。全体最適の視点で保全方針を組み合わせ、記録と見直しを継続していくことが、安定稼働とコスト最適化、安全確保のバランスを実現する近道となる。[8][1][3] [1] https://www.fujielectric.co.jp/about/column/detail/fa_20.html
[2] https://www.jsa.or.jp/datas/media/10000/md_2559.pdf [3] https://www.fa.omron.co.jp/product/special/maintenance-solution/column/column05/ [4] https://tebiki.jp/genba/useful/preventive-maintenance [5] https://moniplat.valqua.co.jp/safety-management/maintenance/what-is-preventive-maintenance/ [6] https://www.techs-s.com/media/show/26 [7] https://products.kanaden.co.jp/labo/predictive/predictive_1/ [8] https://www.nikken-totalsourcing.jp/business/tsunagu/column/365/ [9] https://lp.jfe-shoji-ele.co.jp/blog/%E8%A8%AD%E5%82%99%E4%BF%9D%E5%85%A8%E3%81%A8%E3%81%AF [10] https://moniplat.valqua.co.jp/safety-management/maintenance/what-is-predictive-maintenance/ [11] https://skillnote.jp/knowledge/cbm-toha/ [12] https://moniplat.valqua.co.jp/safety-management/maintenance/what-is-condition-based-maintenance/ [13] https://www.yamazen.co.jp/ybc/contents/entry-2122.html [14] https://www.exa-corp.co.jp/blog/prognostic_maintenance.html [15] https://www.hitachi-solutions-east.co.jp/owndmedia/dataanalytics_col/column2/column03/ [16] https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/ks02-47.pdf [17] https://kikakurui.com/b9/B9700-2013-01.html [18] https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001403315.pdf [19] https://www.jmf.or.jp/jmf/wp-content/uploads/2024/03/hyojun_guideline.pdf [20] https://conexio-iot.jp/blog/33※本ページは、AIの活用や研究に関連する原理・機器・デバイスについて学ぶために、個人的に整理・記述しているものです。内容には誤りや見落としが含まれている可能性もありますので、もしお気づきの点やご助言等ございましたら、ご連絡いただけますと幸いです。
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