
3. 基本的な信号処理手法
3.2 サンプリング定理(標本化定理)
サンプリング定理は、連続的な波(アナログ信号)を一定間隔で測って数値列(デジタル信号)にするとき、「どれくらい細かく測れば、元の波を失わずに再現できるか」を教えてくれる基本原理である。結論を先に言えば、「信号に含まれる一番高い周波数の2倍を超える速さでサンプリングすれば、理論上、元の波形を正確に復元できる」という内容になる。この“2倍”という目安はとても大切で、デジタル音声、画像、センサー計測などさまざまな分野の土台になっている。[1][2][3][4][5]
ここで用語をわかりやすく整理する。サンプリング周波数とは、1秒間に何回測るか(例: 44.1kHz=毎秒44,100回)のことで、サンプリング周波数の半分の値をナイキスト周波数という。このナイキスト周波数までが「正しく復元できる上限帯域」であり、そこを超える成分はそのままでは正しく扱えない。つまり、上限周波数fmaxの信号を失わず扱うには、サンプリング周波数fsをfs>2·fmaxにすればよい、という関係になる。[2][3][6][7][8]
なぜ2倍が必要なのかを直感で説明する。波の“1周期に最低でも2点”は測らないと、上がっているのか下がっているのか、周期がいくつなのかが区別できないため、2倍という境目が現れる。この条件を満たさずに遅いサンプリングで測ると、存在しない低い周波数の波が現れたように見える誤りが起きるが、これをエイリアシング(折り返し)という。エイリアシングは、高い周波数が低い周波数へ“化けて”見えてしまう現象で、一度起きると後から正すことはできないため、入り口の設計が決定的に重要になる。[3][6][9][10][11][2]
実例でイメージを掴む。音声CDのサンプリング周波数は44.1kHzで、ナイキスト周波数は22.05kHzになる。人の可聴上限はおよそ20kHzとされるため、この設定で可聴域をカバーしつつ、ナイキストにわずかな余裕を確保していると説明できる。このように、対象となる最高周波数(fmax)が見積もれれば、fsは少なくとも2·fmaxを超えるように選ぶのが基本指針になる。[5][2][3]
ただし、実務では単に“2倍”ぴったりでは不十分なことが多い。理由は二つある。第一に、エイリアシングを防ぐためには、サンプリング前のアナログ段でナイキストを超える高域成分を減らす「アンチエイリアス・フィルタ」が必要だが、理想フィルタは存在せず、実際は遷移帯域があるため、ナイキスト近辺に十分なマージンが必要になる。第二に、観測対象の“最高周波数”は運転状態や故障進展で変わることがあり、余裕のない設定だと想定外の高域が折り返すおそれがある。そのため、測定・計測の現場では、必要帯域の2倍を最低条件としつつ、数割の上乗せをして設計することが多い。[11][12][2][5]
エイリアシングが起きると何が問題か。高周波の成分が見かけの低周波へ折り返し、真の信号と混ざってしまい、誤った判定や解析の原因になる。音の世界では可聴外の超音波が折り返して可聴帯域の雑音として現れ、音質を損ねることがある。オシロスコープの計測でも、折り返した偽の波が表示され、正しい測定ができなくなる。ゆえに、アンチエイリアス・フィルタで高域を十分に抑え、サンプリング周波数と記録長を適切に設定することが、確かなデータ取得の第一歩となる。[9][10][5][11]
ここまでの要点を、設計・計測の手順としてまとめる。1) 対象信号の上限周波数fmaxを見積もり、少なくともfs>2·fmaxとなるサンプリング周波数を選ぶ(実務では余裕を持たせる)。2) fs/2(ナイキスト)を超える成分を抑えるため、前段にアナログ低域フィルタ(アンチエイリアス)を配置する。3) 取得後は、周波数解析や再生などの処理でナイキストを境に正しい帯域解釈を行う(ナイキスト周波数=fs/2の意味を常に意識する)。この3点を守ることで、折り返しのない信号取得が実現できる。[10][8][2][3][5][11]
ナイキスト周波数という言葉についても補っておく。標準的な定義は「サンプリング周波数の半分」で、復元可能な上限帯域を指す用語として広く用いられる。この語は文献によって別の使われ方(最大信号周波数の2倍という意味合い)に触れることもあるが、一般的・実務的にはfs/2をナイキスト周波数と解するのが通例である。加えて、計測やA/Dコンバータの領域では、第1ナイキスト・ゾーン(0〜fs/2)、第2ゾーン(fs/2〜fs)といった帯域の呼び方が使われることがあり、設計・解析上の帯域区分として役に立つ。[13][14][8][3][5]
最後に、初心者がつまずきやすいポイントをまとめる。- 標本化定理は“必要十分条件”の理論で、実装ではフィルタの遷移帯域などの事情により余裕が必要になる。- fsの半分(ナイキスト)を超える成分は、そのままでは必ず折り返すため、前段のアナログ処理で除去するのが原則である。- 「fsを上げれば万事解決」ではなく、データ量の増加や機器の制約とのトレードオフがあるため、対象の帯域・目的・処理リソースを踏まえて設計する。- CDの44.1kHzが可聴域の再現に十分である、というよく知られた例は、標本化定理とナイキスト周波数の考え方が現実の製品設計に用いられている典型である。[2][9][5][10][11]
サンプリング定理は、デジタル化の入口で“どこまでを正しく持ち込めるか”を決めるルールであり、ナイキスト周波数とエイリアシングの理解は、そのルールを具体的に運用する鍵になる。この基本をおさえると、録音、計測、画像、各種センサーのデータ収集・解析において、信頼できる信号処理の土台が築ける。[8][3][10] [1] https://www.techeyesonline.com/glossary/detail/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0%E5%AE%9A%E7%90%86/
[2] https://joho-taisaku.com/sampling-theorem/ [3] https://e-words.jp/w/%E6%A8%99%E6%9C%AC%E5%8C%96%E5%AE%9A%E7%90%86.html [4] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%9C%AC%E5%8C%96%E5%AE%9A%E7%90%86 [5] https://edn.itmedia.co.jp/edn/articles/1308/19/news012.html [6] https://qiita.com/panda11/items/e28ae434c0dd64a2dbb7 [7] https://product.minebeamitsumi.com/faq/glossary/detail/nyquist-frequency.html [8] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%88%E5%91%A8%E6%B3%A2%E6%95%B0 [9] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%98%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%81%97%E9%9B%91%E9%9F%B3 [10] https://e-words.jp/w/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0.html [11] https://www.textbook-resolver.com/oscilloscope/aliasing.html [12] https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/c_support/faq/fft_common/fft_input_2.htm [13] https://itjisho.com/%E3%80%90%E5%9B%B3%E8%A7%A3%E4%BB%98%E3%81%8D%E3%80%91%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%82%AD%E3%82%B9%E3%83%88%E5%91%A8%E6%B3%A2%E6%95%B0%E3%81%A8%E3%81%AF%EF%BC%9F%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3/ [14] https://note.com/steam_8620/n/nfb95bdb9d879 [15] https://note.com/prismaton/n/n5c115ddd7917 [16] https://note.com/sukyojuku/n/nf23e1942fae4 [17] https://www.youtube.com/watch?v=Wbd_zAD2Xvc [18] http://www.image.med.osaka-u.ac.jp/member/yoshi/ouec_lecture/digital_processing/handout/Sampling_theorem.pdf [19] https://qiita.com/assi-dangomushi/items/8b7f8bd851ecce9abe87 [20] https://www.aps-web.jp/blog/85040/※本ページは、AIの活用や研究に関連する原理・機器・デバイスについて学ぶために、個人的に整理・記述しているものです。内容には誤りや見落としが含まれている可能性もありますので、もしお気づきの点やご助言等ございましたら、ご連絡いただけますと幸いです。
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