
5. 特徴量抽出
5.9 短時間エネルギー
短時間エネルギーは、音や振動の信号を短い時間ごとに区切り、その区間内の「強さ(エネルギー)」を二乗和で数値化したものを指す。直感的には、瞬間ごとの音の大きさの包み線を数で表す指標で、フレーム(短い時間窓)内の振幅を二乗して平均(または総和)することで求める。多くの教科書や技術解説では、短時間エネルギーはフレーム内の二乗和(しばしばフレーム長で正規化)として定義され、時間的包絡やパワーの近似として広く用いられている。短時間解析の枠組みでは、信号を短い窓で区切ると「その瞬間はほぼ一定の性質(定常)」とみなせるため、時間局所のエネルギーが安定に測れる。[1][2][3][4][5]
定義をもう少し具体化する。離散信号x[n]を長さNのフレームで切り出し、フレーム内のサンプルを二乗して足し合わせると、そのフレームのエネルギーEが得られる。実装では平均的な尺度にするためNで割って正規化することが多く、これが「フレーム当たりの平均エネルギー」として用いられる。別の表現として、エネルギーをdBに変換して扱いやすくする例も一般的で、基準値E0に対して10log10で換算する。なお、時間窓の選び方(矩形やハミングなど)や窓長は、短時間エネルギーの平滑度と反応速度に影響し、短すぎる窓はばらつき、長すぎる窓は変化を平均してしまうため、適切なバランスが必要になる。[3][6][7][8][1]
短時間エネルギーの役割は、時間軸での「強さの推移」を滑らかに可視化・数値化することにある。音声処理では、声が出ている区間はエネルギーが高く、無音や弱い雑音の区間は低くなるため、音声区間検出(VAD)の基本特徴として古くから活用されてきた。エネルギーにしきい値を設定し、超えたフレームを「活動あり」、下回るフレームを「活動なし」と判定する単純なしきい値方式は、実装が容易でリアルタイム処理にも向く。また、短時間エネルギーは信号の包絡を代表する量として、オーディオ検索や分類の基礎特徴でも用いられている。[6][9][10][1][3]
短時間エネルギーを安定に扱うための実務的ポイントを整理する。第一に、フレーミングと窓関数である。短時間解析の前提として、信号を短い区間に分けて窓を掛けて評価するのが標準であり、これにより時間位置ごとの局所特性が抽出できる。第二に、窓長とホップ(ずらし量)の選定である。20–50ms程度のフレーム長は、音声の性質変化を捉えるうえでよく使われる範囲で、サンプル周波数に応じてサンプル数に換算する。短い窓は時間変化に敏感だが値のばらつきが増え、長い窓は滑らかだが変化のタイミングがぼやけるというトレードオフがある。第三に、ノイズや背景の影響への対処である。エネルギーは雑音で底上げされやすいため、しきい値は固定値ではなく、長時間の平均(長期エネルギー)と短時間エネルギーの比で判定するなどの適応的設計が有効だとされる。[2][11][7][8][12][4]
周波数領域との関係にも触れる。フレーム内の短時間エネルギー(時間二乗和)は、そのフレームの周波数成分の二乗和と一致し(パーセバルの整合)、STFTやPSDとの橋渡しができる。実務では、時間側で短時間エネルギーを計算してVADや異常区間の切り出しに使い、周波数側では同じ区間をスペクトル解析して原因帯域や指紋(高調波・側帯域)を読む、といった二段構えがよく採られる。なお、エネルギーをdBにすると扱いやすい一方、基準値の選定やゼロ付近での数値安定性に注意が必要である。[2][6]
故障予知における活用を具体化する。- 区間検出(前段ふるい分け):短時間エネルギーが急上昇するフレームは、衝撃や異常イベントが生じた可能性が高い。あらかじめ設定した最小持続時間(ミニマムイベント長)を満たす連続フレームのみをイベント候補とすれば、誤検知を抑えられる。- トレンド監視:同一運転条件での短時間エネルギーの平均・中央値・百分位(例えば90%点)を時系列で追うと、摩耗や潤滑悪化に伴う微振動の増加をとらえやすい。- 比較の正当化:負荷や背景が変動する現場では、短時間エネルギーを長期エネルギーと比較して比率で判定(短期/長期の比が閾値超過で活動検出)する設計が、静寂時と騒音時の双方で調整可能である。[11]
実装手順のひな形は次の通り。1) フレーム化:サンプリング周波数fsに対して、窓長N(例:25ms相当)とホップH(例:10ms相当)を設定し、信号をオーバーラップで分割する。2) 窓適用:矩形でもよいが、端の影響を和らげるためハミングなどの窓をかけると安定しやすい。3) エネルギー計算:各フレームの二乗和(必要に応じNで割って正規化)を求め、dB変換する場合は基準E0を定めて10log10で換算する。4) 判定ロジック:固定閾値、または長期平均と短期の比による適応閾値、最小持続フレーム数の条件を組み合わせて活動区間を決定する。5) 後段処理:抽出した区間に対してFFTや包絡解析(エンベロープ)などを適用し、原因帯域や特徴周波数を識別する(短時間解析の標準的流れ)。[13][8][12][9][1][3][6][11][2]
短時間エネルギーの性質と限界も明確にする。- 長所:計算が軽量でリアルタイムに向く(フレームの二乗和のみ)、時間方向の変化に敏感、VADや区間抽出の前処理として定評がある。- 限界:雑音に弱く、背景がうるさい場面では偽陽性が増えやすい(適応しきい値や最小イベント長で緩和)。また、どの周波数が増えたかは教えてくれないため、原因推定には必ずスペクトル系の特徴(ピーク、バンドエネルギー、スペクトル重心など)と併用する必要がある。- 窓依存性:窓長・窓形で応答が変わる。短い窓は鋭敏だがばらつき、長い窓は安定だが遅延が増える。アプリケーションに応じたチューニングが要る。[7][8][12][9][10][3][6][11][2]
実務のコツをいくつか。- 正規化とスケール:フレーム長で割った平均エネルギーにしておくと、窓長が異なる設定間での比較がしやすい。- 平滑化:エネルギー時系列に移動平均などの軽い平滑をかけると誤報を抑えられるが、遅延と見落としのトレードオフに注意。- 複合特徴:ゼロ交差率(粗さ)や短時間エネルギーを同時に用いるVADは、単独より堅牢になりやすい。- 参照設計:評価や導入時は、窓長(20–50ms)、オーバーラップ(50%前後)、しきい値(固定または適応)、最小イベント長(数フレーム)を出発点に小刻みに調整する。[14][8][12][9][1][3][11][7]
まとめとして、短時間エネルギーは「短い時間ごとのパワー」を簡潔に測る基礎特徴であり、区間検出や前処理の第一選択として信頼性が高い。フレーミングと窓の設計、しきい値と持続条件の工夫、そして周波数特徴との併用という3点を守れば、故障予知の現場で「いつ・どれくらい強い変化が起きたか」を安定に捉える土台が築ける。[9][1][6] [1] https://www.sciencedirect.com/topics/engineering/short-time-energy
[2] https://speechprocessingbook.aalto.fi/Representations/Short-time_analysis.html [3] https://dmi.unibas.ch/fileadmin/user_upload/dmi/Studium/Computer_Science/Vorlesung_HS20/Lecture_Multimedia_Retrival/5_Audio_Retrieval.pdf [4] https://www.ijert.org/research/speech-analysis-in-time-and-frequency-domain-IJERTCONV3IS01005.pdf [5] https://cse.iitkgp.ac.in/~ksrao/pdf/atsp/time-domain-speech-features.pdf [6] https://superkogito.github.io/blog/2020/02/09/naive_vad.html [7] https://web.ece.ucsb.edu/Faculty/Rabiner/ece259/digital%20speech%20processing%20course/lectures_new/Lectures%207-8_winter_2012_6tp.pdf [8] https://www.csd.uoc.gr/~hy578/2018/Project0_Part1.pdf [9] https://asp-eurasipjournals.springeropen.com/articles/10.1186/s13634-015-0277-z [10] https://www.sciencedirect.com/topics/computer-science/voice-activity-detection [11] https://www.renesas.com/en/document/whp/voice-activity-detection-vad-support-smart-devices [12] https://dergipark.org.tr/tr/download/article-file/838965 [13] https://speechprocessingbook.aalto.fi/Representations/Short-time_processing.html [14] https://benthamopenarchives.com/contents/pdf/TOAUTOCJ/TOAUTOCJ-6-1661.pdf [15] https://www.jstage.jst.go.jp/article/ast/38/4/38_E174001/_pdf/-char/ja [16] https://arxiv.org/html/2501.09174 [17] https://ieeexplore.ieee.org/document/9990492/ [18] https://en.wikipedia.org/wiki/Short-time_Fourier_transform※本ページは、AIの活用や研究に関連する原理・機器・デバイスについて学ぶために、個人的に整理・記述しているものです。内容には誤りや見落としが含まれている可能性もありますので、もしお気づきの点やご助言等ございましたら、ご連絡いただけますと幸いです。
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