
5. 特徴量抽出
5.3 バンドエネルギー
バンドエネルギーとは、信号に含まれる「特定の周波数帯」にどれだけの強さ(パワー)が含まれているかを数値化する指標である。直感的には、周波数の物差しで信号を眺め、関心のある帯域の成分だけを集めて合計(積分)する操作で、時間波形では見落としやすい変化を帯域ごとの数で安定に表せるのが強みである。計算の基礎はパワースペクトル密度(PSD)で、PSDは「1Hzあたりのパワー」を表すため、ある帯域のバンドエネルギーは、その帯域でPSDを周波数積分(離散データでは和)することで求められる。[1][2][3]
まず、バンドエネルギーの意味と利点を整理する。- 意味: 指定した周波数範囲に含まれるパワーの総量(RMS2に対応)で、帯域ごとの強弱を定量化する。- 利点: 時間長やFFTサイズが異なるデータでも、PSDに正しく正規化してから帯域積分すれば比較がしやすい(帯域幅に依存しない指標にできる)。- 応用: 正常時と異常時で増える帯域を追跡する、回転基本周波数まわりの側帯域エネルギーを比較する、特定機構(歯車噛合、軸受高周波)の監視、といった用途に直結する。[4][2][3][5][6]
次に、計算手順を段階的に述べる。1) PSDの推定: 実務では分散を下げるためWelch法が広く使われる。信号を重なり合う区間に分割し、各区間の二乗スペクトル(ピリオドグラム)を平均してPSDを得る方法で、ノイズ床の安定化に有効である。2) 周波数軸と単位: PSDはV2/Hzや(m/s2)2/Hzなどの密度単位で表す(観測量に依存)。この正規化により、分解能や窓長の違いを超えて比較できる。3) 窓関数と補正: 窓をかけると周波数分布が広がるため、正しいPSDへは等価雑音帯域幅(ENBW)での補正が必要になる。ENBWは「同じパワーを通す理想矩形フィルタの幅」として定義され、パワースペクトルをENBWで割ることで密度に正規化する。4) バンド積分: 関心帯域[f1,f2]のPSDを周波数で積分(離散ではΣPSD[k]·Δf)すると、その帯域の平均パワー(RMS2)が得られる。複数帯域について同様に求めれば、「低域/中域/高域」の帯域別エネルギーが並ぶ。5) バンド比/特徴量化: 総エネルギーに対するバンド比、複数バンドの差や比、移動窓でのトレンドなどに派生させると、運転状態の変化や異常兆候を頑健に可視化できる。[7][8][9][2][3][10][5][6][11][12]
計算のポイントをいくつか詳述する。- Welch法の設計: 区間長(窓長)は周波数分解能に直結し、長いほど細かく(df≈fs/N)、短いほど時間変化に敏感になる。オーバーラップと窓種(ハン/ハミング等)を適切に選ぶと、PSDのばらつきが減る。- ENBW補正の意義: 同じ原信号でも窓種・分解能が変わると、未補正のパワースペクトルの目盛は変動する。ENBWを用いたPSD正規化により、1Hz当たりのパワーとして比較可能なスケールに統一できる。- 総パワーとの整合: PSDを全帯域で積分すると時間領域の平均二乗値(RMS2)に一致する(Parseval整合)。特定バンドの積分は、その帯域が担うエネルギー寄与を意味する。- ノイズ床としきい値: 実データではPSDのノイズ床が帯域で異なる場合がある。バンドエネルギーの解釈では、ノイズ床の推定(例えば騒音帯域の中央値)と差分・比率をとる設計が誤警報低減に有効である。[8][13][9][2][3][11][7]
故障予知での使い方は明快だ。1) 物理知見に基づく帯域設計: 回転基本周波数と高調波、噛合周波数、軸受の高周波励起帯(エンベロープ対象の前段高域)など、原因に対応した帯域を定義する。2) 帯域RMSのトレンド: 同条件のデータを時系列に並べ、各バンドのエネルギーをトレンド化すると、初期摩耗や潤滑低下などの緩やかな増大が見えやすい。3) 帯域比で環境差をキャンセル: 全体レベルが変動しても、関心帯域/参照帯域の比を用いれば、環境音や負荷変動に対して頑健になる。4) 側帯域の和/差: 歯車や軸受の変調では、基準線(基本やメッシュ)の左右側帯域エネルギーの総和や不均衡が有用な判別子になる。[5][6][4]
実装上の注意点を挙げる。- サンプリングと上限: 表示・解析可能な上限はナイキスト(fs/2)まで。監視したい帯域が十分にカバーされるサンプリング条件かを確認する。- 分解能と帯域境界: 積分の離散化誤差を抑えるには、バンド境界が周波数ビンにできるだけ整合するようFFT設計(Nの選定やゼロパディングで刻みの読みやすさを改善)を行う。ただしゼロパディングは刻みを細かく見せるだけで真の分解能は上がらない点に注意。- 窓補正の一貫性: 異なる窓・設定で得たPSDを比較する際は、ENBW/スケーリングの統一が必須。測定器・ソフトのPSD定義(片側/両側、rms/peak)も併せて確認する。- Welch分散低減と自由度: Welch平均は分散を下げるが、独立区間の数(自由度)に依存してばらつきが残る。区間設計と平均回数で安定度を担保する。[2][3][10][11][12][7]
関連する発展例も触れる。- バンドパス検出との関係: 古典的には「帯域通過→自乗→平均」で帯域パワー(PSD相当)を推定する方法があり、Welch法との関係が整理されている。周波数領域の積分と同値である。- 最適帯域の探索: 軸受などでは、故障特有のエネルギーが集中する最適帯域をデータ駆動で探索し、当該帯域のエネルギーを特徴化する研究がある(短時間処理やエネルギー指標による強調)。- 波形長差の比較: PSDベースのバンド積分は、時間長の異なる記録でも密度基準ゆえに比較しやすく、評価の公平性を保てる。[3][7][4][2]
最後に、現場導入の手順をまとめる。1) 物理知見と仕様から監視帯域を定義(例: 基本周波数±Δ、噛合周波数帯、高周波インパクト帯)。2) Welch法でPSDを推定(窓長・オーバーラップ・窓種を設計)。3) ENBW等のスケーリングを確認し、密度単位で正規化。4) 指定帯域でPSDを積分してバンドエネルギーを算出、時系列に並べて基準と比較。5) 総エネルギー比・側帯域和・参照帯域比などの派生特徴を加え、閾値や学習器で判別を設計。6) 評価では同一条件・同一スケーリングで比較し、帯域定義や窓設定の感度分析を実施する。[9][10][6][11][7][8][2][3][5] [1] https://en.wikipedia.org/wiki/Spectral_density
[2] https://vibrationresearch.com/blog/fft-psd-difference/ [3] https://holometer.fnal.gov/GH_FFT.pdf [4] https://www.extrica.com/article/22198/pdf [5] https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0263224114001742 [6] https://pubs.aip.org/aip/adv/article/14/2/025131/3265734/Fault-feature-extraction-and-diagnosis-method-for [7] https://www.osti.gov/servlets/purl/5688766 [8] https://sensors.myu-group.co.jp/sm_pdf/SM3271.pdf [9] https://www.highfrequencyelectronics.com/index.php?option=com_content&view=article&id=553%3Areceiver-sensitivity-and-equivalent-noise-bandwidth&catid=94%3A2014-06-june-articles&Itemid=189 [10] https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7662261/ [11] https://www.ap.com/blog/fft-spectrum-and-spectral-densities-same-data-different-scaling [12] https://infosys.beckhoff.com/content/1033/tf3600_tc3_condition_monitoring/2803646091.html [13] https://www.sciencedirect.com/org/science/article/pii/S152614922000168X [14] https://www.numberanalytics.com/blog/welch-method-for-power-spectral-density-analysis [15] https://ieeexplore.ieee.org/document/9846229/ [16] https://ntrs.nasa.gov/api/citations/19660001034/downloads/19660001034.pdf [17] https://www.spiedigitallibrary.org/conference-proceedings-of-spie/13441/134410A/Research-and-optimization-of-feature-extraction-algorithms-based-on-bearing/10.1117/12.3049948.full [18] https://www.mathworks.com/matlabcentral/answers/874053-pspectrum-power-spectrum-or-power-density-scaling※本ページは、AIの活用や研究に関連する原理・機器・デバイスについて学ぶために、個人的に整理・記述しているものです。内容には誤りや見落としが含まれている可能性もありますので、もしお気づきの点やご助言等ございましたら、ご連絡いただけますと幸いです。
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