
5. 特徴量抽出
5.2 周波数領域でのピーク検出
周波数領域でのピーク検出は、時間波形に隠れた規則性や機械特有の「指紋」を取り出すための基本手段である。ピークとは、スペクトル上で周囲より顕著に大きい周波数成分を指し、回転機の基本周波数や高調波、歯車・軸受の側帯域など、原因推定に直結する情報を含む。ピークを正しく見つけ、周波数と振幅を信頼できる精度で読むためには、FFT設定(窓長と分解能)、窓関数の選択と補正、しきい値設計、補間による周波数精密化、といった一連の作法が要になる。[1][2][3]
まず土台になる考え方を整理する。離散フーリエ変換(FFT)は有限時間のデータから周波数成分を求めるが、時間窓の端で信号が途切れるため、理想的でないと「スペクトルが周囲ににじむ(リーケージ)」現象が起こる。これを和らげるのが窓関数で、ハンやハミングのような窓はサイドローブ(漏れ)を下げて弱いピークを守る一方、主ローブ(ピーク幅)は広がり周波数分離がやや難しくなる。一方、フラットトップ窓はピーク近傍が平らで振幅読み取りに有利だが、等価雑音帯域幅(ENBW)が大きく分解能が下がるため、隣接ピークが多い分析には不利という性質を持つ。求めたいもの(正確なレベルか、細い分離か)に応じて窓を選ぶのが基本原則である。[4][3][1]
ピーク検出の実務的な流れは次の通りである。1) 目的の分解能Δfから窓長を決め(Δf≈fs/N)、対象帯域に合わせて適切な窓関数を選ぶ。2) FFTで得た振幅スペクトルに、ピーク探索のしきい値(ノイズ床より十分上)や最小間隔(近接ピークの誤検出防止)を設定する。3) 候補となる局所最大を見つけ、周波数ビン間の補間(放物線補間など)で「真の頂点」を推定する。4) 振幅を正確に読む必要があれば、窓の特性(フラットトップ等)やENBW補正を考慮して校正する。5) 得られたピーク表(周波数・レベル)を、機械の基準周波数や高調波・側帯域規則と照合して解釈する。[5][6][7][8][9][3][10][1][4]
しきい値設計はピーク検出の安定性を左右する。スペクトラムアナライザでは「Peak Threshold(ピークしきい値)」や「Peak Excursion(近傍よりどれだけ高ければピークとみなすか)」の設定があり、これにより微小なノイズ山や側帯域の誤認を抑えられる。実務では、平均雑音レベル(DANLやベースライン)から所定のマージン(例:数dB~十数dB)をとってしきい値を置き、さらに最小ピーク間隔を与えるのが定石である。ピークが多い帯域では、局所最大の条件(左隣<中心>右隣)に加え、閾値超過時間や減衰率などの条件を併用する機器もある。[11][7][10]
周波数の読み取り精度を高めるには補間が有効である。FFTの周波数目盛はビン刻みで離散的だが、最大ビンの前後3点を用いた放物線(パラボラ)補間を行うと、見かけのピーク位置をサブビン精度で推定できる。これは、ビン中心からずれた正弦波が複数ビンに分散する「ピケットフェンス効果」に対する実用的な改善策で、ゼロパディング(FFTサイズ拡大)と組み合わせると読みやすさが向上する。ただし、ゼロパディングは視覚的な刻みを細かくするだけで真の分解能(fs/N)を上げるものではない点に留意が必要である。[6][5][1]
振幅の正確さも重要だ。窓関数の選択によりピーク高さの見え方は変わる。フラットトップ窓は主ローブが平らで線スペクトルのピーク読み取りに適しており、レベル確度を重視する場面で推奨される一方、分解能は犠牲になる。周波数分析の基礎解説では、窓ごとの補正係数やENBW(等価雑音帯域幅)を用いてパワーを密度(1Hz当たり)へ正規化する取扱いが説明されており、異なる窓・分解能間での公平な比較に有効である。実機のスペクトラムアナライザも、RBW(分解能帯域幅)やVBWの設定で雑音床やピークの見え方が変わるため、目標に沿って帯域を統一するのが望ましい。[7][12][3][4]
故障予知への読み方を具体化する。回転機では、回転数に相当する基本周波数とその高調波がスペクトルに並び、摩耗や緩みが進むと側帯域(基本周波数やメッシュ周波数の両側に等間隔のピーク列)が現れやすい。ピークテーブル(Top-Nの周波数とレベル)を自動抽出する機能は、こうした特徴の把握に便利で、FFT画面上に上位ピークを一覧化する実装例がある。側帯域や高調波の規則性は、軸受・歯車・アンバランスなど原因推定の糸口になり、時間波形では見落としがちな微小変化も周波数で見つけやすい。[8][9][2]
検出の堅牢性を高める実務上のコツを挙げる。- 窓長と分解能:近接ピークを分けたい場合は窓長を延ばしてΔfを細かくする(df=fs/N)。- 窓関数:分離重視ならハン/ハミング、レベル重視ならフラットトップ(ただし分離は低下)。- しきい値と最小間隔:ノイズ床基準のしきい値と、ピーク間の最小距離(Hz)を設定し、誤検出を抑制。- 補間:最大ビン前後3点の放物線補間でサブビン精度の周波数を推定。- 表示と校正:RBW/VBW、窓補正、ENBWを意識して比較の公平性を確保。- テーブル化:Top-Nピークを抽出して時系列に追跡し、トレンドや新規出現を監視。[12][9][3][10][5][1][6][7][4]
注意すべき落とし穴もある。ゼロパディングで見かけの刻みは細かくなるが、真の分解能は向上しないため、近接ピークが融合して見える状況は解決しない。また、窓なし(矩形)で整数周期に一致していない信号を解析するとリーケージが増え、弱いピークが裾に埋もれる。フラットトップ窓はピーク読み取りに強いが、隣接ピークの分離が落ちるため、用途により使い分けが必要である。しきい値を低くし過ぎるとノイズ山を多数拾い、逆に高すぎると初期兆候を見逃す。装置や環境に応じて、雑音床からの相対マージンを決め、運用しながら微調整するのが現実的だ。[3][10][5][1][7][4]
周波数精密化の現場知見として、測定ソフトや解析環境はビン補間やスプライン補間を用いてピーク周波数を推定するが、入力条件(窓長・窓種・S/N)で再現性が変わることに留意したい。実例では、ゼロパディングや補間により既知周波数に近づく一方、ベースラインが高い微小ピークは消えやすく、解析の目的に応じて設定を切り替えることが推奨されている。組込み向けの実装でも、局所最大と放物線補間、しきい値・最小間隔の導入によって複数ピークの安定検出が可能であると報告されている。[5][6]
最後に運用の指針をまとめる。1) 目的に合わせて分解能と窓を選ぶ(分離かレベル確度か)。2) ノイズ床基準のしきい値と最小間隔を設定し、偽ピークを抑制する。3) 放物線補間で周波数を精密化し、ゼロパディングは「読みやすさ向上」と割り切る。4) ENBWやRBWを意識してレベルを校正し、異なる条件間での比較を公平にする。5) Top-Nピークを表として保存し、基本周波数・高調波・側帯域の規則性と照合して原因推定に結び付ける。この手順を守れば、周波数領域のピーク検出は、異常の「いつ・どこ(周波数)・どれだけ」を定量的に示す、信頼性の高い特徴量抽出の柱となる。[9][2][10][1][6][7][8][4][5] [1] https://www.ni.com/ja/shop/data-acquisition/measurement-fundamentals/analog-fundamentals/understanding-ffts-and-windowing.html
[2] https://svmeas.rion.co.jp/support/p38veq0000000cmg-att/FFT_07881.pdf [3] https://edn.itmedia.co.jp/edn/articles/2007/14/news004.html [4] https://www.onosokki.co.jp/HP-WK/eMM_back/emm150.pdf [5] https://www.hulinks.co.jp/support/flexpro/dataanalysis/p_03.html [6] https://qiita.com/ricelectric/items/98a6d32b1bcfca598762 [7] https://www.texio.co.jp/uploads/gsp9330_m.pdf [8] https://www.te.com/ja/whitepapers/sensors/wide-bandwidth-accelerometers.html [9] https://www.nsk.com/content/dam/nsk/common/products/condition-monitoring/bd-2-support/BearingDoctor_BD-2_manual_ver.3.1.pdf [10] https://y-d.co.jp/jpdf2/gsp930_m.pdf [11] https://support.brck.co.jp/download_file/view/176/459 [12] https://dl.cdn-anritsu.com/ja-jp/test-measurement/files/Brochures-Datasheets-Catalogs/Catalog/2023emi-j-05-sa.pdf [13] https://www.wakayama-u.ac.jp/_files/00588218/JPB_0005275612.pdf [14] https://www.soumu.go.jp/main_content/001005134.pdf [15] https://www.jstage.jst.go.jp/article/kikaic/79/801/79_1786/_pdf/-char/ja [16] https://www.ntn.co.jp/japan/products/review/pdf/NTN_TechnicalReview_89.pdf [17] https://naist.repo.nii.ac.jp/record/6612/files/R001221.pdf [18] https://irid.or.jp/wp-content/uploads/2020/08/gensiryokuryakugosyuu202008.pdf [19] https://core.ac.uk/download/pdf/286937074.pdf [20] https://www.techeyesonline.com/article/tech-column/detail/Reference-FFTAnalyzer-02/※本ページは、AIの活用や研究に関連する原理・機器・デバイスについて学ぶために、個人的に整理・記述しているものです。内容には誤りや見落としが含まれている可能性もありますので、もしお気づきの点やご助言等ございましたら、ご連絡いただけますと幸いです。
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